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アル・ドラッカーさんのサイババ体験動画
今日は久しぶりに午後はキャンティーンセバは休憩をもらったのでのんびりしてます。

マカラサンクランティのときに何かのエネルギーが入ってきたのか、
(夢で数回にわたってエネルギーみたいなのが猛烈に頭に入ってきてはちきれそうになって、覚醒というか逝ってしまいそうになっていた。でもすんでのとこで留まったのか、すでに逝ってるのでそれ以上どうにもならなく壊れているのか。。。)

現実生活でもショックなことがあったり、

今は気分はどちらかというとすっきりしてるのですが、
具体的に現実的なことにどう対応したりするといいのかとか思案してて、

どういうルールに沿って動くのが適切かとかよくわからなくて。



で、なんか私の気配を感じたのでという知人からメールをもらったので、

私のほうは特にそのときその知人のことは考えてなかったのですが、状況を書いてみたらアル・ドラッカーさんの動画を紹介されて、

でも探すのが面倒だから放置してたら

今日、アメブロで読者申請してくれた人の記事に載ってたので見てみました。

こちら。



(あれ?動画みれます?)


薦められたのはたぶん前半のほうで、これは後半なんだけど、
ま、いいかなと思って。


ちなみにそのブログはこちら。
http://ameblo.jp/daivamprema/entry-11450141728.html



エサレンの人?
エサレンてなんだっけ。聞き覚えがあるけど、なんかの研究所があったかあるとこ?
トランスパーソナル心理学の研究所とか?


動画の中で、この人がババに、あなたのアメリカはもう終わったのでインドに来なさいと言われた状況は、

わたしがインドに移り住んだときと同じだなと思いました。

もちろん私は直接言われたわけじゃないけど、
自分の中に語りかけるものがあったので、

ほんとは1週間のツアーに参加して、その後は横浜で家族そろって落ち着いて暮らせると思っていたのです。

というのは大阪でのヴェーダの習得の期間が一区切りついたときだったから。



でも日本でのカルマが終わったみたいな感じで、
インドに場所を移されたみたいな感じでした。


籍をはずして長期で来るように執拗に語り掛ける声に観念して、
そんなのどうせ出来るわけないと思っていたのだけどスムーズに条件が整ってしまい、
幼児と2人のインド暮らしが始まったのでした。

プッタパルティに長期で滞在すると言うのは自分個人がやろうとしてもできることではないのは重々承知していたので、

神妙な気分でもあり、必死でもあったのですが、

完全に状況を信じていたので
自分の中にぶれはまったくありませんでした。



今はというと、本質的なとこは変わりようがないので変わらないのですが、
現象面において、あまりにもいろいろなことが起こるので、自分の中で納得とか秩序を得たい気持ちがすごくあって、

ただそれを流れるがままにするのが難しい状況です。

自分の気持ちの置き場所を模索してる感じで。



あと、自分で見えていない自分のフィルターをきちんと認識したいと思うんだけど、

たぶんそれって、神に完全に集中することでしかあぶりだされて認識されないことなのかもしれません。


でもキャンティーンセバもふくめ、日々気づくことを次々与えられているようでもあり、少なくとも膿むことはない



。。。んだけど、もーちょっとよゆうしゃくしゃくで行きたいんだけどー。笑


いつも必死だと大変だよねー。休憩プリーズ。。。

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テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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