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地球上にわざわざいるということ。
ほんとは今日の午後のキャンティーンセバは休みをもらっていたのだけど、今日の担当はオーストラリアのおばちゃんの番で、背中を痛めてるので重いものを持つのがきついらしく、

じゃあちょっと手伝おうか、と思ってスタート時に行って準備をいっしょにしてたら人手が足りなかったのでそのままサービングセバにスライドして結局最後までやっていた。



オーストラリアのおばちゃんとはわりと気が合うので、一緒にセバに入ってるときにはよく一緒にご飯を食べる。

今日はいつからサイババのデボーティー(帰依者)なのかと聞かれたので、

私は自分が帰依者かどうかは知らないんだけど、

初めてきたのは1995年で、母が来たがったので私は何も知らなかったけど一緒について来たみたいな話をした。


で、話の流れで最初のときにサマーディーみたいなのになって、その時ババに人生終わりにしてもいいけどどうすると言われたけど考えて、この世界に戻してもらったこととか、

だから戻ってきてからすごく混乱して働きながらあちこち転々としていたので数年はプッタパルティに戻って来れなかったこととか、だから2回目にきたのは1999年で、そのときは父がプログラムで演奏するというので母と弟と一緒に来たこととか、その後は大体毎年来ていたこととか話して、

そのサマーディー中?は、見たいものなんでも見れて、行きたいとこにどこでもいけて、考えたことが瞬時に実現する状態だったこととか話したら、今もそうなのかと聞かれたので、

今は違う、とわたしは言って、どう見ても違うだろ~、と思って笑った。



そしたらおばちゃんは、ババはあなたが過去生で何者だったか告げた?と聞いてきたので、いわなかったと答えると、

ババはおばちゃんにどういう方法でかは知らないけど、数年前に、過去生で何者だったかとか、現在の家族などとの過去生での関係とかすべて伝えたらしいです。

で、多くの経験をしたらしく、

アシュラムの中のたとえばガヤトリー女神のところに行ったらガヤトリーが話しかけてきて、他のとこに行ったらそれぞれの神様が話しかけてきて、

そのころはおばちゃんはずっと泣きまくっていたそうで。

死んだ知り合いとか親戚とかもみんなおばちゃんのとこに来て話をしにきたそうです。


自宅にも神様が何度もやってきて、おばちゃんは娘たちと一緒に神様のためにご飯を作ったそうです。

そんで、それらはとても素晴らしい経験だったけど、

自分が何者だったかとか全部知ってしまったので、私はもうここから去りたい、地球はもう私の場所ではないとか言っていました。


う~ん、そんなこと言わないで~。。。



と、わざわざ戻ってきた私は思うのでした。





話を聞いていて、わたしはたぶん地球で暮らすのが好きなんだろうなと思いました。

だからもっと居心地よくなったらいいなと思うし、

ほんとうに天界レベルのよいところに調整されるといいなと思うというか、

本能的にそういうのを求めるのでどうしてもそのように働きかけ続けているような気がします。



おばちゃんやほかの人のように、ここからもう去りたいと思う気持ちもよくわかるんだけど、

実際、チャンスがあれば逝こうかなと思ったりもしましたけど、

どうしてだかまだここにいる。



この世界に戻してもらってからは、とにかくいろんな人と関わるということが本能的に自分がやるようになってる課題というかノルマみたいなかんじがしてて、

それって重荷とかじゃなくて、

ある意味ゲームのようなもので、

どっちみち自分はまたサマーディーの状態に、遅かれ早かれまた逝っちゃうのだから、それまでになるべくたくさんの人と縁を結んで、その止められない流れに多くの人を効率よく巻き込むことだとなんとなく感じていて。


その真偽がどうかはしらないですけど、

とにかく、そういう認識がこの世界に戻してもらってからいつしか自分の中にありました。



だからなるべくたくさんの人と情動的に関わるように動きまくっていたような気もします。



でも世界の集合意識がそういう感じではなくなったのかな?


たぶん、今日も思ったんですが、

覚醒状態にもさまざまな段階というか、それぞれの「ここでいいや」みたいなポイントがあると思うんですが、

大きく分けて2つあるように思うんですが、

バシャールのいうとこの他者への奉仕と自己への奉仕みたいな、私はそれ、間違って理解してるかもしれないんだけど、

自分にすべてを帰結させるようなやりかた、すなわちいわゆるグル的なあり方。
自分がグルであるとするほうに意識の焦点の重みみたいなのが来てるほう。

自分の中に世界がある感じの。



私思うに、その先に、というか充分そうあって、その段階で満足できないとさらに本当の他者への奉仕的なあり方になるんじゃないかと。

すべてが自分に帰結していて、自分の中からすべての世界は展開している。

それはそうなんだけど、



だから?


それで?



で?




となったときに私たちはそこからすべてが帰結してすべてが展開しているこの自分も超えてさらに広がって行く。



そこには大きな根本的な転回があって、そのようなアクロバット的な柔軟さを可能にするのはやはりサイババだと思います。。。

もしくはサイババ的な何か。


これはちょっと他では無理なんじゃないかと思うのですが、

どうなんだろう。



今よく悟りとか覚醒とかあるのだけど、流行ってるのだけど、

それは主に自己への奉仕のさまざまな状態的な覚醒な気がする。



自分が神で、自分がグルで、外には何もなく、外のものはすべて幻で、今ここにあるこの瞬間が永遠の自分。



そうなんだけど、



そんなのどうでもいいや、



ってなって、


その先の娯楽としては、他者への奉仕になるんじゃないかなと思います。





究極の酔狂、究極の贅沢行為としての他者への奉仕。




もともとすべては神の酔狂だとしたら神の酔狂を分かち合うという感じで。

他者への奉仕は自分に関するすべてを犠牲にしてささげるほどの究極のラグジュアリー行為なんだろうと思います。




私もその神の両手放しですべてを手にするラグジュアリー行為を分かち合って神とともに楽しめるといいんですけど、

まだ今しばらく貧乏性が抜けなくて、

個人的なあれこれに結びつきたい気持ちが抜け切れません。




だって、わざわざ地上に戻ってきたからには地上のあれやこれやをすべて味わいつくしたいのだもの。



でもそれらが終わるのをサイババは辛抱強く待っているのかもしれないです。

おばちゃんも、ババはひたすら待っていると言っていた。
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【2013/01/27 02:27】 | サイババ帰依者 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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