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融通の利かない私の世界
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(母へのお土産に買ってきたガネーシャ)



昨日日本に来て、今日は午後から父の出るというか総括してる邦楽&洋楽MIXのコンサートを聞きにいきました。


まあ、どうしようかなーと思ったけど、3時間くらいというので、それくらいなら行ってもいいかなと思って。


場所は実家の最寄り駅からそう遠くないところで、すごくきれいないいホールができていました。



まあ聞きながら思うとこはいろいろあったけど、それはそれで、



割愛。




買い物して家に帰って、夕食はベジタリアンの私の分と子供の分は私が作りました。


といっても単なるうどんだけど。

もやしと水菜とコーンとあげ入りのうどん。


と、塩こうじドレッシングのサラダ。

きゅうりとパプリカとセロリと豆腐(子供はプラスコーン)のサラダ。


サラダはおいしかった。


子供もえらくがっついて食べていた。


いtもそんなにがっついてるのかと思ったらおいしかったらしく、


食べ終わったあとにわたしにではなく母に「塩こうじのドレッシングでパプリカサラダしたらめっちゃおいしかった、うどんもおいしかった」と言っていました。



あとで、パプリカのサラダ、ハヌマーンヒルロックカフェみたいにおいしかった、と、言って来ました。

ま、実はそういうイメージで作ったんだけど。



食べてるときもいつもはみんなテレビを見ながら食べてるようなんだけど、

私はテレビ好きじゃないので消させて食べて、


食べ終わったあともみんな遠慮してつけなかった。


というか、本当にテレビを見たくて見てる人ってあんまりいないんだと思います。



で、子供が暇をもてあましてうろうろしてたので、


「暇なんはいいことなんやで、自分で何かを生み出そうとするやろ」

「テレビは人にものを考えさせないようにするためのものやから、見すぎると頭が偏るし自分で考えられなくなるで。ほんとに考えなあかんことを自分で考えるのが大事なんやで」


「テレビを見るなとは言わんけど、みた分、別のこともしいや。テレビばーっかりはあかんで」


とかいつものごとく言って


子供はしょうがないからスキマスイッチのCDを聞きながら絵を描きだしました。


いつもは少なくとも3時間くらいテレビを見てると思いますもしくはゲーム。。。。。休みの日はもっと。




絵は今日はいくつか私も漫画をコピーしたりして描いて見せて、

あと、装飾文字とか。


子供はそれを見て、すげーとか思ったようで、


なのでちょっとやる気が出てたようで、自分で考えたり、いろんなものをコピーしたりして上手に描いていました。



学校での図画工作の作品も見せてもらったけどいまいちで、

適度な方向付けがなされてない感じでもったいないなと思ったのでした。


本人も、「失敗」とか言ってました。

失敗ではないけど、少し意識の使い方を変えたら全然違ったもっといいものになるだろうとは思いました。


適切な方向付けは強制するという意味ではなく、エネルギーを一定方向に集めて高まった状態で物事を行うことを可能にするという意味であったほうがいいと思います。



学校での掲示物とかプリントとか見せてもらったけど、

自己紹介のとこで将来の夢とかなりたいもので、子供は「昆虫や動物を売る人」と書いていたのでちょっと笑った。


それを母に言ったら「恥ずかしかったわ」と言ったので、


いや、別に恥ずかしくはないだろう、と思って、

(母としてはもっと子供らしいことを書いてくれたほうがほかの人や先生に対して恥ずかしくなかったらしい)


子供に、

「ぜんぜん恥ずかしくないよ。それを買った人が喜ぶようにするんやろ?」と言ったら

子供はそれは考えてなかったようだったので、


「買った人が嬉しい気持ちになったらそれはお金を出す価値があるから、そういう仕事をするのが大事なんやで」


「動物を売っても。買った人が大事にしなくて、「めんどくさいし買ってそんした」とかおもうんやったらあんまり売る意味もないやろ。でも、買って、仲良くして大事にしてて楽しい気持ちになるんやったらお金を出した価値があるやん?」


「そういう仕事をするのが大事なんやで」


と一応言ってみた。



恥ずかしいというのが母の行動範囲をかなり規定してて、それは日本人の美徳のうちなのかもしれないけど、


なんだか私が思う恥ずかしさと、母が思う恥ずかしさとはだいぶずれがあるように思います。


私は実際恥ずかしいとはあまり思わないと思う。


でもこれは自分はやりたくないとか、こういう表現方法を通して存在したくないとかそういうのはあると思います。



日本に来るとやっぱりいろいろ思うとこはありますが、


自分がどのように存在したいか、もしくは、どのような形で存在するのが自分にとって一番適切か、そしてほかの人との関係は?というのは常にあたまにあって探っているように思います。


最近私が自覚してきたことは、


自分の理想と言うか自然と思う状態を共有して体現できる人はあまりいないということ。


でもそれにもかかわらず、私はほとんどテレパシックに相互理解できてるものとして思うとこがあるので、


なんでほかの人たちが私から見るとより残念な、つまりその人を最大限に生かすような流れを選択しないかというのが本当に理解しがたいところがあって、


でもそれは私のビジョンがうまく周りに共有されてないからだという面もあると思います。


でも私の場合は共有されずにほかの人が別の何かと結びついた時点で私の世界は非現実のものとしてかき消されてしまう種類のものなので、


ある意味手も足も出ない。


私の現実を自分の現実にして参加するにはみんながいろんな結びつきを放して手放しで全体である必要があるので、

いちど別の何かを取り込んでしまうともう私の現実を取り入れて自分のものとしても実現することは難しくなります。


そういう厳しさと融通の利かなさがわたしの属する世界にはあるなと思います。



そしてこれはどうしようもない感じに思います。



でもどうすればいいのかよくわからないし、私は子供を養いつつ今後も生きていかねばならないので、


試行錯誤です。

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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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