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ドクター
西洋人や日本人がどんどん行ってる霊感アーユルヴェーダドクターのところに、ついに行ってみました。
ずっと行く気が起きなかったのですが、最近、一度くらい体験してみようと思い、通訳してくれる人もいて。

行ってみた感想としては、霊感で取ってこれる情報に関してはすごくクリアで精度が高いけど、まったく取ってない(見てない)部分が勝手な自分の感覚として、35パーセントくらいあるんじゃないかなと。

いろいろな情報を教わったので、自分の中での疑問点などがクリアになってすっきりしたはずなのですが、なんとなく気がめいってすごく疲れた感じもあります。
自分の場合、あまり、彼の情報に深入りしないほうが幸せにすごせる(より軽やかな世界が目前に展開される)ような気がします。

そこのクリニックは繁盛してていつも行列なのですが、やっぱ、外国人がほとんどで、ドクターも疲れててよどんでるんじゃないかと思ったり。
ああゆう霊感的な仕事の人は大変ですよね。。。

日本でわりと有名らしいアカシックレコードを読む人に見てもらったこともありましたが、彼もすっごい疲れてる感じでふにゃふにゃでした。
その情報も、詳しくて正しかったかもしれませんが、その情報で自分の気持ちに混乱がおきました。
しばらくそれを引きずってましたが、私の場合はシバの葉にそれについて質問して、その情報についての否定的な回答が得られたときに、心の平安が戻りました。

しかし再確認できたのは、ババの力がいかに何もかもを飛び越えて作用するかということです。
たとえば妊娠中と出産時は私と主名はどっちも大変で、特に出産時はどっちかが死ぬような状況だったらしいんですが、ババの恩寵というか介入でどちらも無事だったそうです。
インド占星術でわたしと主名のチャートを見た人からも、出産時のことについて「前世の功徳のおかげですね」みたいなことをいわれたような記憶があります。
つまり、普通にいけば、やばいところを、何らかの理由で大丈夫だった、と。

易で占うときも、90パーセント以上の的中率のはずが、ババがからむとことごとくはずれてくるので、そういう時もババの力をよく感じました。

ババにどれだけ直接的に心を明け渡すことができるかと、ほんとに、それだけがあらゆることを包括的にうまくいかせられるんだなと思いました。

今回のドクターの件にしても、もしわたしが出産前にこのドクターに聞いてたら流産の可能性の高さをもとに薬が処方され、さらに、出産時にどちらかが死ぬという情報を元に対策をするならしていたと思います。

実際はどうだったかというと、自分でもやばいなとは感じていたので、シバの葉を開けてカルマの解消をしておいたりはしたのですが、陣痛開始から13時間ぐらいかかったものの、出るときはすぽんと出てきました。
(自宅マンションの風呂で出産しました)

ホワイ フェアー フェン アイ アム ヒアー、と、ババの有名な言葉がありますが、ほんとにすべてをコントロールしていて、そして実際コントロールできるのは彼なんだなあと、再確認した次第です。
いつでもどこにでもいて、すべてに浸透している彼、そこに人間個人の恐れを抱く必要は本当にない、と。

ババに意識を合わせることがどれだけ超越的効果があるのかよくわかりました。
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【2009/01/16 01:36】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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