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音楽教室
昨日から今までおばあちゃん先生から習ってた音楽をまた習い始めました。

今度の先生はほかの人に聞いたところによると、18歳か19歳だそうです。
これはまた極端に若い。

おばあちゃん先生の見送りに来てたインド人親子が音楽教室をやってるというので、行こうかどうしようかと思いつつほうっておいたのですが、こないだのマハシバのときのホテルのプージャでその息子のほうに会って、また誘われたので、その息子がプージャのあとに歌ったバジャンを聞いて、なかなかよかったし、まあ、縁があるんだろうと思って行ってみました。

(じつをいうと、このホテルでのプージャで、きっとヴェーダの新しい先生か誰かに会うんだろうとか思っていたのですが。ヴェーダ関係の知り合いにここに行くように言われて行ったので、)

くれた教室案内には2人の名前が書いてあったので、その息子のほうか、お母さんのほうかどちらかに教わるんだろうと思って行ったら、第3の人物、娘もいて、その娘さんが子供たちや女性を教えていました。

もう一人習いに来てたインド人女性は知り合いだったので、あとで、この先生はいいかどうかとか聞いて情報を多少得ました。

おととい初めて行ったのですが、翌日にココナツと花とはっぱを持ってくるように言われて、稽古はじめの儀式をするからと言われました。

それを聞いて、わたしに存在の根底からのすごい恐怖がやってきました。

パダナマスカールしてからというもの、態度が横柄になったおばあちゃん先生時代のトラウマか?とか思いました。
(結局、わたしは頭にきて、パダナマスカールをするのは途中でやめたので、それはそれで周囲にちょっとした波紋と動揺が起きたのですが、おばあちゃんせんせいはしばらくしてから、ほかの人たちには彼女はスワミへの帰依心があるからとか言っていました。おばあちゃん先生は、いい先生でした。)

おりしも日本から届いた本のなかにはグルに関することもたくさん書いてあって、
「私にはグルがいますけどほんとのグルかどうかわかりません」とか書いてあって、それに対する返答が、それによってあなたが成長したかどうかを見なさい。グルはいろんな姿でやってくる。とか、
グルを探そうとするなとか、自分が正しくあれば正しいグルがやってくる、とか、いろんなことが書いてありました。

一晩寝ながらどうしたものかと考えて、いちおう自分の中でババに聞いてみたら行くように言われて、儀式もするように言われたので、自分の感情は置いておいて、とにかく行ってやってみることにしました。

そしたらその儀式はババの写真に対してのものだったので、ほっとしました。

多分自分の中のものの投影だったと今はわかりますが、初日に見た彼女(先生)は姿はかわいらしいけど本質的にすごく恐ろしく思えて、彼女と自分のエネルギーを混ぜあわせていいものかどうか、かなり疑問でした。
子供たちを教えてもいたので、主名の最後の学校の先生の凶暴さの印象も重ねあわされていたと思います。

しかし儀式も済んだので、腹も決まって、習い始めました。
実際は見たとおりのやさしくてかわいい先生でした。

出されたノートに名前とか住所とか連絡先を書いたのですが、見ると、おばあちゃん先生のとこで知ってる人も来てました。
みんな、情報をつかんでるというか、やっぱり同じような人は放っておいても同じようなところに集まるのかなと思いました。

わたしはてっきり話をした息子かお母さんに教わると思ってたので、この娘さんは突然現れたようなもので、そういう意味では上から与えられたようなものだと思います。

ココナツの儀式をするときに、ババに祈ってくださいと言われました。
なので、ババが私に与えようとしているものがスムーズに私に流れ込みますように、と祈りました。
細胞が新鮮なものに刷新されるような感覚が何度か起こりました。

そのあと、ココナツを割ってください。これはあなたが割るべきものです。と言われたのですが何度やっても割れなくて、いや、この硬さは私のよう、とか思いながら、何度やっても無理なので結局その新しい先生に割ってもらいました。
先生も「これは。。。」とか言いながら、かなり苦労して割ってました。

新しい先生は実際接してみると、謙虚で細やかなかんじで、私が前日彼女に投影していた印象がいかに私の中から出たものかと言うのが思い知らされました。(前日は子供たちに教えてる最中だったこともあり、目線を交わしただけで、一言もしゃべらずじまいだったのです)

彼女に会って、すでに自分の中の多くの要素が浄化され、学ばされたことを感じます。
実際には教える立場の人に対してもっていた恐怖が彼女によって解消され、安心しました。

もし何かの用事で稽古が出来ないときには連絡します、とのことでした。
ああ、なんてすばらしい、と思いました。

日本ではそういうのは当たり前のことなんですが、おばあちゃん先生のときは毎回2時間待っても帰ってこないとか、いてもテレビを1時間一緒にみんなで見て「今日はもう遅いからおわり」とか、そんなでしたから。(しかし誰も何もいえない、グルには絶対服従のムード、いやなら静かに去れ、という。)

新しい先生もババの学校のミュージックカレッジの卒業生で、3年半アナンタプールで子供たち500人に教えてたとかいう話なんですけど(年齢が合わないのでどこかなんか違うと思います)ババの学校の卒業生の性質のよさを改めて感じました。

ああ、なるほど、これならインドもどんどんよくなるはずです。

私と一緒に彼女に習うことになった、先に習い始めてた別の知人の女性とおとといも昨日も一緒に帰りました。
彼女は子供がババの学校を出たので、15年ほどこっちにすんでるそうですが、セバダルを、今日から交代になった出身地域の人たちとともにしてます。
朝2時からサイクルワントホールの掃除をして、3時半までに終えるとか言ってました。
で、朝のダルシャンのときもセバダルとしてホールの出入り口のところにいました。
普段はモバイルホスピタルで働いてるそうです。
ニコニコして柔和なひとです。
朝2じかー、と、感心しました。
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【2009/03/01 19:16】 | 音楽教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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