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仏陀祭
昨日は仏陀祭でした。

仏陀祭の出し物用のインターナショナルバジャングループに寄せてもらったので忙しかったです。
なのでアパートの部屋はすごいことになっています。。。今日あたり片付けます。
コダイカナルの荷物がまだそのままおいてあったりします。

明日はババが移動するかと思って、バスのチケットを買っておいたのですが、なんか移動しなさそうな感じもあります。
明日の朝になって、ババが移動してなかったら払い戻ししようと思います。

今回はバジャングループのメンバーということで、私は単にコーラスでしたが、出演者扱いで中央よりのいい席に座らせてもらうことが多かったです。
子供はその席はだめということで、初回は離れたところで、座った周囲の人たちに面倒を見てもらっていたのですが、私が座る所はどっちみち出演者席の末席という感じのところに座ったりもしたので、子供がいても大丈夫と判断して、2回目からは私の近くに一緒に座らせました。

なんかコダイカナルがまだ続いてるようなババの近さでしたが、悲しいかな、主名の学校のことを念じながらのダルシャンなのでそんなに近くでも常に感動ゼロ。
ああ、もったいないなあ、と思いますが、多分、こういう、やらなきゃいけないようなことでもない限り、あんまりがんばって前に行こうとしないので、ある種祝福かもしれないです。
しかし、前に行こうとすればいけるもんなんだなあと思います。

2年前コダイに行ったときも手紙を渡さなきゃと思ってたので、1列目に座ろうと試みてたので、10日くらいで6通とか渡しましたし、やっぱ、やる気だなあ、と思います。
やる気は出そうと思って出るもんでもないですけど。

仏陀祭当日である昨日の朝はプログラムの予定がなかったので席は出演者関係なく早いもの順だったのですが、前に来るようにコーディネーターに言われて一列目に座るようにと言われました。
多分その前とか、私らがもたもたしてていい席に座れてなかったとか思われてたのでしょうか?
結局座ったのは2列目でしたが、いやはや、ありがたいこと、と思いました。

その回のダルシャンでコーディネーターがみんなの手紙をまとめてババに渡してくれて、主名のもその中に入ってて、ババの手に入りました。

今年は主名の学校の入学許可願いの手紙をこれで3通渡しましたが、渡し続けてるといいことがあるかも。

仏陀祭の出し物は、インドネシアの子供たちのダンスがすばらしかったです。
あれは付け焼刃でできるレベルじゃありませんでした。
指の先まできちんと神経を行き届かせて踊っていました。
いいもの見せてもらいました。

ここ数日間忙しかったので詳細をブログに書く余力もあまり残ってなくてすみません。

バジャン練習も、私は最後の数日しか参加しませんでしたが、一日に2回とかあったので、主名はよその家族にお世話になりっぱなしでした。
ご飯もそっちで食べさせてもらったりとか。

そうそう、ネパールからの人でしたっけ?バジャンのメンバーの女性がリードして歌ってる最中にババに呼ばれて、リードを放り出して前に行き、ネックレスを出してもらって首にかけてもらってました。
そんな、リードして歌ってる最中の人を呼ぶなんてなんか、、、えー?!と思いました。
彼女の感動が伝わってきました。
甘~くてかわいいやさしい歌声でした。

同じインターナショナルグループでも、この一年プッタで参加した、ほとんどが西洋人のグループと、今回の仏教国のインターナショナルグループとでは笑えるくらい性質が違ってました。
仏教国の人はやっぱりみんな比較的穏やかですね。

わたしと主名はこの一ヵ月半くらいの旅行で4大仏教聖地めぐりをしてきたところだったので、今回の多少場違いな(選抜されたひとたちのグループということでしたので)インターナショナルグループへの参加も、きっと、仏陀の恩恵なんだろうと思っていました。

なので、打ち上げ的な場で、みんなが感想とかを言っていく中で、誰も仏陀に触れなかったのが、すっごい気になってたのですが、仏陀は自分に感謝されることは望んだりもしないだろうとも思いました。
でもわたした仏陀に感謝したいと思います。
仏陀の功徳がきっと私に回ってきたんだろうと思ったので。
仏陀の功徳の回向を、ババの元にいるとつくづく感じることが多いです。

仏陀に、会うことって、できるのかなあ?

シバとかは時々出現したりすることもあるみたいですけど。
仏陀も、いつか、直接会いたいなあと思います。
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【2009/05/11 01:40】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(4) |
<<5月10日仏陀祭のあと | ホーム | ババの予定>>
コメント
私もルンビニに行った時、もう遺跡巡りはいいから仏陀に会いたいなあと思いました。
目の前を仏陀が歩いていたらいいなと。
でも、その後プッタパルティに行ってサイブッダに会ったからいいのかなとも、今思いました。
【2009/05/12 07:26】 URL | sivanomusuko #-[ 編集]
SIVA~さんへ。

ブッダに、あいたいですよねぇ?
こないだやってたスリランカのブッダの歯のご開帳のも、ほんと、行きたかったんですよ。
多分、見たら絶対感動するはずとか思いました。
行かなくても大体自分のパターンが想像がつきました。

サイブッダは、肉体次元での接触が、できないんですよね!私はなぜか。
見たりとかはしてますけど、しゃべったり、触ったりとかしてみたいんですけど、、、、つまんな~~~い、です。

せっかく同じときに生きてるんだから、もうちょっと肉体次元でもサイババに接触してみたいです。
【2009/05/15 01:04】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
私も接触がないです。
隣の人に話しかけられたり、前の方がパダナマスカールをさせて貰ったりで。

ところで、プッタパルティでのパソコン(インターネット)の取り扱い方などについてお聞きしたいことがありますので”掲示板サマスタローカスキノパヴァントゥ”に投稿します。
実はネパールから帰ってくるのを待っていたんですよ。
宜しくお願いします。
【2009/05/15 06:52】 URL | sivanomusuko #-[ 編集]
掲示板のほうに書き込んでおきました。参考になれば幸いです。

【2009/05/15 16:00】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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