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ジョーティッシュ
うちの両親も、インド占星術師に見てもらおうかということになって、生年月日や生まれた場所などをメモって、依頼しに行こうとしていたのですが、今朝、ダルシャンの夢なんですが、サイババがさーっと遠くにいってしまう夢を見て早朝に目覚め、自分で考えようともせずに色々考察がやってきて、とりあえず、両親の鑑定は保留にしたほうがよさそうと思いました。

わたしと主名とだんなが鑑定を受けたのはやはり必然性があったと思うのですが、今の時点で両親が見てもらうと、逆に鑑定が両親の足を引っ張る事にもなりかねないなという気がしました。
わたしらに関する鑑定でも、思い返してみると、50パーセントくらいの参考してもいい度になりました。
やはり、大筋ではあっていても、細かい所では色々誤差が出てきてるように思います。

わたしが来世、プレマサイとともにもう一度人生を送るというのも、聞いたときは、それ、なかなかいいねー、と思って、すぐにその気になったのですが、多分無いと思います。

子供の数も、男男女の三人といわれましたが、多分来たとしてもあと一人じゃないかと。

それと、あんまり頻繁に行くと占星術師の、わたしにとって必要でないものが何かこちらに流れ込むような、そういう流れの向きが変わりつつあるのも感じました。

まあでも、たとえ鑑定依頼とはいえ、会って何時間も話をするというのは縁があるんでしょうね?
子供同士が同じクラスメートで同じようにたたかれまくってたとか、主名と、その占星術師の子供の生まれた星も同じでした。

彼はチェンナイから移り住んできたそうで、ナディーリーダーでもあるそうです。
アガスティアの葉とか読む人です。
わたしはそういう、アガスティアとかシバの葉とか5回開けてて、全部カルマの解消もしてて、こないだシュカの葉も見てきたところだったので、そういう話や質問をしたりもしました。
彼が言うには、アガスティアの葉は本物だけど、読む人(ナディリーダー)が読み方を知らない、とのことでした。

単に興味で色々聞いたりしたのですが、「あなたはもうそんなの行く必要ないよ」とか言っていました。
行こうとしても、もう行けませんて。高いから。

ちなみにここのインド占星術は一人500ルピーと決めてるみたいでした。
でもまあ、一家の稼ぎ手として、商売っ気もしっかりある人でした。
別の場所にCDなどのグッズを売るちゃんとした店を持ってたりもしてます。

わたしのチャートや手相を見て、日本で働いて来たらいいのにとしきりに進めてきました。
チャートや手相ではすごく稼げるそうです。「こんな線が出てるのに。。。」みたいに言ってました。
でも、わたしは気分的に無理。

彼自身、インド人としては日本で働いて大金を稼ぐというジャパンマネードリームもよく見るのだろうと思いました。
子供も学校に行くようになって、将来的にかかるお金とか、そういうのももちろん考えるんだろうと思います。
彼も子供をババの学校に行かせることを考えてるようで、そういう話、いいコーチングスクールの話とかもよくしました。
ババの学校も、学費はただですが、食費などの実費は一年に10000ルピーかかるそうで、多分インド人の平均年収は14000ルピーとか、それくらいじゃないかと思うので、決して、安い学校ではないんですよね。

両親の鑑定は、何か場の情況が変化して、GOサインがでたら、遊びとして観てもらおうかと思います。
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【2009/05/22 15:08】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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