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今朝
今朝、トークンに間に合うように部屋を出て、道を歩いていると、どこからともなく、脇から出てきた知人の女の人が、前置きなしに主名の学校事情についてたずねてきて、ババから何か言われたかとかなんとかいうので、夢でだけ話した。と言い、でも実際は、「外国人だからテストが受けられなかった」と言うと、今のこの時期に働きかけるべきよ!手紙を書くとか、今はまさにそういう時期なんだからと言われました。
「すでに5通受け取ってもらったけど、なにも起こってないです。」
とか答えましたが、さらにいろいろ親身に一方的にアドバイスしてくれたので、その様子にほろりときて、つい、涙腺が緩みました。

実はこの人は外国人だけど元スタッフで、かなり精神状態がやばそうな人です。
直接の理由が何かはわかりませんが、多分、健康状態が悪いとかそんなんと聞きましたが、最近スタッフをやめてました。

とてもやさしい人で、何かたずねたら完全に自分の問題のように、一生懸命考えてくれたり説明してくれたりします。
ババのことしか考えてない感じで、よく、空中に向かってパクパク口を動かして何か行ってたり、完全にどこかに世界に行ってしまってる姿をよく見かけます。
前も見えてなくて、よく、人や物にぶつかってるので、しょっちゅう顔面を怪我しています。

最近、特にその、あっちに行ってしまってる状態ばかりに見えたので、しゃべる機会も少なくなって他のですが、今日はいきなりどこからともなく現れて一方的にしゃべってきました。

こういうちょっとおかしな人は、頭かどこかが開いてしまってるので、わたしは人格を介さずに直接魂かハートかなにかでつながってしまうことが多いです。

おかしな人は、わたしのことをまともだといい、わたしも、おかしな人は、他の人よりも話がしやすいと思います。

私がおかしくて、おかしな人がほんとに錯乱しておかしかったときは、もうかれこれ10数年前になりますが、私が強く思ったことをおかしな人が自分の言葉として話す、という様なつながり方をしたときもありました。

でもおかしなひとは、ほんとにハートが開いてる人も多いのか、話をするだけでジーンと来て、涙が出るときがあります。

逆に、一般社会でしっかりやっていける人とか、ある種のいい人と接すると、胸が締め付けられてたまらなく苦しく、痛くなったりすることも多いです。

多分こんな私は以前家族に言われたように、社会不適応。

今朝の彼女は、何か、今日はわたしと話をしなくちゃと思って接近してきた感じでしたが、じつはわたしはこの3日間ほど、主名の唱えるヴェーダのCDを製作してて、ほんとは昨日録音し終わって、今朝のうちにババに郵送しようと思ってたのですが、うっかりデータをひとつ消去してしまったり、よく聞きなおしてみると間違えて唱えてたりするのがあったので、今日、また2つほど録音しなおしになって、睡眠不足もあり、ここしばらくは毎日夕方を過ぎると下痢や腹痛になったりして、疲労感がたまってたところだったので、彼女と話しているうちにその純粋性(ちょっとおかしい、という超越性?)に触れて自然に涙が出て、癒され、リフレッシュしました。

昨日は別の現役スタッフのインド人に、なんか、いやみみたいなのも入ってたのかもしれませんが、今日ババはプライマリースクールで選抜された子供たち全員をチェックしたのよ。と、言われ、あなたのところはどうなんだ、ババに何か言われたのか、とか、手紙をとるときに何かあったか、とか、聞かれたので、ただ取っていっただけで、あとは夢で話しただけで、主名はまだ小さいと言うようなことを言われたから、来年か、再来年かもしれないというと、へのじぐちになって、手のひらを上に向けるインド人の(空っぽを意味する)しぐさをされました。

しきりに、いろいろやってみるべきだ、と今朝の彼女が言うのでクッションの間に挟んでいた手紙を取り出して見せて、「今、手紙を持ってトークンに行くところ」と、笑って言うと、彼女も微笑みました。

トークンは、前日ババがビューティフルダルシャンを与えたからか、今日は前日の1,8倍くらいの人数が来てました。

私はやっぱり4番とか6番とかそこらへんでしたが、車椅子でババが通る可能性の低いところの一列目に座りました。
今日も来るかなーと思いましたが、今朝はババは来ませんでした。

時間は飛びますが、さっき、夜9時くらいですが、ダルシャンホールのステージ上の絶好の場所に座ってるおじさんで、気楽な子供好きな人がいて、よく主名やほかの子供に話しかけてきたり、お菓子をくれたりするのですが、その人がほかのインド人に主名の事を何か話してたみたいで、私たちを見ると来て、やっぱり学校のことを聞いてきました。

なんせ、今の時期はみんなの話題がそれなんだと思います。
「外国人だからテスト自体が受けられなかった」というと、主名はまだ4歳半くらいだからだろう、というので、5歳半なので、今年がテストのタイミングなのですが、校長に会ったけど、だめといわれた、というと、じゃあ、来年だな、来年、受けられるよ、とか言いました。
いえ、まだ、一応今年度入学に向けて活動中なんですけど、、、と思いましたが、いいませんでした。

そのおじさんも主名のことを幼いと感じたようなので、やはり、まだ、年齢的には足りてても幼いのかもしれないな、と思いました。
ちなみに正規の入学年齢は5歳半から6歳半です。主名はだいたい5歳半なので、まあ、ほかに比べて幼いのは当たり前と言えば当たり前です。

ここしばらく毎年のように外国人の学生が誕生してるので、インド人にとっても、なかなか面白い話題なのかもしれません。
外国人の学生はどうしても目立ちますし。
だから、今年はどうだとか、あの子は入りそうだとか、いろいろ話が出てるんだと思います。

しかし、インド人はみんな、外国人も試験を受けて入学してると思ってるんでしょうね?
みんな、「試験はどうだった?」とか、「受けたんでしょ」とか、聞いてきます。
「外国人だから受けられなかった」と言うと、いつもちょっと気まずい感じかもしれません。

主名は霊感的な人たちには「この子は入ると思う」とか「学生顔だ」とか、好きなことを言われています。霊感的な人にとっては、主名はすごく無垢でいい子らしいです。
学校の先生の評判はどこでもだいたいよくないです。ま、管理する立場からすればそんなものかもしれません。

ちなみに今年はすでに2、3人くらいは外国籍の学生の入学がほぼ確定してそうです。

今在学中の外国人の男子学生は、リトアニアの学生はもう卒業したのか見かけなくなったし、わたしは今はアメリカ人2人とスペイン人とイラン人だけかと思ってたら、どうも、イタリア人もいるみたいですね?
今日、その彼がお母さんらしき白人女性と原付の二人乗りをしてるのをみたので、あ、あの二人が親子だったんだ、と、知りました。

ちょっとづつ、いろんなところがつながってきて、だんだん全体像が見えてくるような気がします。
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【2009/05/27 02:04】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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