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タブラー教室
こないだの月曜日から主名とともにタブラー教室に通ってます。

先生はババの音楽大学のタブラー教師を7年勤めて今はフリーというおじさんです。
タブラー自体は30年くらい教えてるそうです。

まあ、悪くないと思います。(えらそうですか?)

いやしかし、思うのはババの学校の教師とか元教師とか接する時も時々ありますが、やっぱり現役の学生の清潔感は特別ですね。

年をとるといろんなものを背負うのでしょうがないのですけど、どうしても澱みますよね??

サマスタジーヴァースキノババントゥ、ってかんじですか?

知り合いのインド人にこの先生を教えてもらって、月4回で200ルピーと聞いてたのですが、いざ行ってみると子供は一回50ルピーで大人は100ルピーといわれたので、ま、いいか、と思ったのですが、
なんか、わたしってタブラーに向いてない?とか思って、(だってたたいても音が出ないんですもん)ちょっとやる気をなくして、体調もいまいちだったし、お金もったいないしとか思って、最近の2回は主名だけレッスンしてくださいとか言ったりしたんですけど、そしたら私も50ルピーに値下がりしました。
主名だけの50ルピーよりも、私のも値下げして2人で一回100ルピーとしたほうがいいと思ったのでしょうか。

じゃあ、私も毎回やろうかな。

主名に教えるより私に教えたほうが簡単なので、私に教えて主名に私が教えるという形にしたいらしいです。
主名は男の子なのでか、音はいい音を出すのですが、技術を教えるとなると、なんでそうなるね~~~ん?と、横で見てる私が突っ込みを入れたくなるような手の動きをしたりするので(本人まじめ)、先生も力が抜けるみたいです。

でも、わたしも回を重ねるとだんだん音も出るようになりました。

あと、音楽教室に通ってることを言ったらレッスン料はいくらかとか詳細を聞かれたので、週2回あるので、月8回で100ルピーと言うと、その安さがちょっとショックだったみたいです。
(音楽教室の兄妹のお兄ちゃんのほうはババの音楽大学でのタブラー教師の元教え子)

このタブラーの先生は私と主名が行ってる貧しい子のための学校に興味しんしんで、校長に自分のことを話してくれとか、一緒に学校に行こうとかいうので、校長は男&テルグピープル嫌いだしなあ、と、私はあまり気が進まなかったのですが、「校長に今日は言えなかった」とか私が言うと、「マダム~そりゃないよ~(意訳)」みたいにソフトに攻めるので、しょうがないから校長に電話して、翌日早速タブラーの先生は学校に来ました。

校長は愛想がいいので、その場ではタブラーとテルグ語をこのタブラー教師が学校で教えることになりましたが、ほんとに実現するかどうかは不明。

でも、ちゃんとした先生なので、学校にとってもいいチャンスと思います。

タブラー教師と校長先生ともう一人の学校の先生は昼ごはんのあとにいっぱいいろんな話しをしててわたしも聞いてましたが、学校の教師(ある種すさまじい性格)が、一般論にカモフラージュして、自分の最近許せなかったことなどをタブラー教師に話して意見を求めたりして、それに校長も興奮して激しく反論したりして、女二人はすごい騒ぎになりました。(子供たちは部屋で昼寝中)

タブラー教師はだんだんオーラがしぼみ。。。。。(笑)

いやでも、昨日習いに行ったときは、タブラー教師は、校長先生はすばらしい女性だと絶賛していました。
校長先生ももちろん完璧な人間じゃないと思いますが、しかし、ここの学校の子供たちは楽しそうに暮らしてるし、それは私も認めます。

タブラー教師は、学校で出されたご飯を最初は断ってたのですが最後は断りきれずに食べてました。
「自分は家以外では食事をしないのですが、ここの学校はすばらしいしみんな家族なので特別に食べることにしました。ベリーベリーハッピーホーム!!」みたいに言っていました。(一部脚色)

しかし前日、タブラー教師は外で買ってきたご飯を家で食べるために持ち帰ってきてたのを私は見た。。。

タブラー教師は昨日は実際のレッスンよりも語りが多くて、わたしはそれがババの学校のやり方なのかとか思って感心すべきかと思ったりもしたのですが、過去は過ぎ去った、明日はまだ来ない、私たちは今を楽しむべきだ、そうじゃない?みたいにさんざん熱弁をふるわれたあかつきには、わたしは、
「私はタブラーを習うためにここに来てるので、レッスンをしてください」と言わずにおれませんでした。

いやぼくは、霊性について君とディスカッションをしようと思って、、、、
とか何とかタブラー教師は言っていましたが、面白くないですもん。どこかで読んだ話ばかりだし。

いや、雑談の多いこと。部屋代はいくらだとかきかれたので1400です。グッドプライスでしょう?と言うと、ここは1800だよ?電気代は300ルピーくらいで、、、とかいうので、でもここは部屋が、一つ、二つ、と、何かまだ他にもスペースがあるじゃないですか、と、なぐさめたり?何で愚痴話を聞く羽目に。。。

外国人を見ると物売りは10ルピーのものでも20ルピーとかで売るのでプッタパルティの物価が上がる。プロブレムだ、とかいうので、(ここのレッスン料も、最初私には外国人だから2倍にしてなかったっけ?)プッタパルティだけじゃなくて世界的に不況なことを日本の状況の説明もしながら話したり。

まあ、確かにプッタパルティって他のインドの土地に比べて何でも高いみたいですけど。

現実の生活の重みと霊性の理想の間で揺れ動く多感な?タブラー教師なのでした。

主名は、というか、男の子は、やっぱり太鼓とかむいてると思います。
タブラー教師がタブラーのテクニックを披露してくれるのを見てると、小学生の時に、勉強の出来ない男の子たちが猛烈な速さと指使いで競って机をたたきまくってたのを思い出しました。

主名も、今のところ喜んで行ってます。
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【2009/07/24 19:04】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(1) |
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コメント
「み」さん、拍手コメントありがとうございます。

メールで返すのが面倒なのでここに返事を書きますねー。

日本はもう夏休みですねー?
盆踊りですか。
ドラえもん音頭とかなんか子供の頃に踊った記憶があります。
今はまた最近のアニメの音頭があるんでしょうね?

なんかあっという間に年をとって死にそうな気もする今日この頃です(笑)

最近は音楽ばっかりでヴェーダがおろそかになってるんですけど、そろそろやろうかな、と思ってます。

サイラム

古野SAWAKO
【2009/07/26 14:35】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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