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食欲
今さっき、泊まってるゲストハウスでの食事を終えました。

主名は日本料理やにまた行きたがってたのですが、予算の都合上、ゲストハウスでの食事にしました。

インド料理屋もあるのですが、流石にそこには行きたがりません。

主名はベジタブルフライドライスとコーンスープ、わたしはベジタブルヌードルみたいなやつにしました。
ここのレストランは開放的で広くて明るくていいのですが、主名はここのご飯はだめみたいで、タイ風やきそばみたいなやつも、今日の焼飯もおえっと吐き出してました。どちらも私にしてはまずまずおいしかったのですが。

目の前でなんどもえづかれるとかなり食欲なくすのですが、今日は幸い主名はちんたら食べてたので、私が食べ終わったあとにげろってました。

味と、どうも吐きやすい喉をしてるみたいで、少し多めに口に入れるとすぐに吐いてます。もう6年も生きて毎日3回ご飯食べてるんだから、どのくらい口に入れたらいいか考えろ!!と頭に来て、いつも怒るのですが[わからんの???!]と私がいうと[分かる]と答えて、でもまた次回も吐いてます。

食事の相手としては悪いけど最悪です。

今日はさらにすいかジュースをテーブルのうえに倒してほとんどこぼしてました。

たまにならまだしもかなりしょっちゅうなので、怒る気力もいい加減失せて、がっくり、きます。もったいな。。。。節約心も意味をなしません。

でも、
コーンスープとか、ご飯と納豆とかの好きなものだとバクバク食べて、吐きません。

シイタケが全然ダメみたいで、しいたけの味が少しでもするとと、吐きます。においでもげろげろ、とはいたりしてます。

食事で覚えてるのは子供のころ、家族で中華料理やに行ったら一番うえの弟がチャーハンの横に添えられていたからしをスプーンですくって全部口の中に入れてしまい、次の瞬間には大口を開けて舌をベーと出して、ギャーーー!!!と泣いていた光景です。
舌のうえに辛子をのせて泣く弟の姿がいまでも目に焼き付いています。

急いで、親が弟を洗面所か何かにつれていって
舌を洗ってやってたと思います。

子供って、変なことをしっかり覚えてるもんですよね。
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【2009/10/18 16:02】 | Thailand | トラックバック(0) | コメント(4) |
<<ねこ | ホーム | ノリ巻き>>
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2009/10/18 17:56】 | #[ 編集]
[ひ]さん、こんにちわ。

霊性修行者はキノコを食べるのを避けるように、というのは、たしかに、私もどこかで聞いたことがあります。
おいしいんですけどねぇ。。。

お茶とかも避けてる人が少なくなかったりしますが、わたしはお茶もきのこもニンニクも大好きで。。。
主名はにんにくも、たべたらおえっと吐きます。時にはついでに胃の中のものまで。

主名は赤ちゃんの時は逆にきのこでも何でも食べてたのですが、2歳7カ月くらいで渡印して完全菜食生活に入り、もう6歳ですから、べジの純粋度が高いのかもしれません。

日本でも菜食でしたが、沖縄で食べるものがない時など一度好奇心半分で鶏の空揚げを食べさせてみたり、家の実家にいた時に母から魚をもらって食べたりしてましたっけ。。。(普段食べてないので得意気になってました)

乳製品も、ラジャスとかいう話を聞いたように思いますが、こちらも主名はアレルギーがあるのであんまりたくさんは摂取できないかんじで。

今日の夕方も日本食レストランに行って、野菜いためとご飯と、納豆巻きを食べましたが、納豆巻きは最初の一口はおえっと出してました。
しょうゆがだめだったそうで。
でも気を取り直して、2こ目以降はしょうゆをつけずに食べてて、でも、カツオ節が少し入ってたのであまり食べませんでした。
納豆食べたい、というのと、魚いや、というののバランスが、3個食べて終わり、となったみたいでした。

納豆などの発酵食品もサーダカにはよくないという話もあったような気もしますが。

まあ、そういうのを避けるとなんとなくからだが軽い感じはしますよね。

わたしら、しかしビタミンBは時々飲んでます。
あと、カルシウムとか鉄とかマルチビタミンのタブレットとか。

食前のマントラを唱えるとすべての栄養素がそなわるという話ですが、やっぱ、時々めまいがしたりしますし。

バンコクで完全菜食は難しいですが(直接そのものを食べなくても、たぶんダシに動物性のものは入ってると思います)フードマントラを唱えてこころのなかでぷらさーどになったものを食べると、やっぱりなんか安心です。

しかし、辛すぎるものや甘すぎるものってラジャスですよね???
アシュラムのキャンティーンのご飯はそんなに辛くて(甘くて)どうなん?とよく思いましたが、今はあまり思いません。辛いのとか甘いのとかって慣れるし、クセになります。

でも、日本食のような薄味であっさりさっぱりしたものがアシュラムでいつも食べられたらみんな穏やかになるかもしれませんね。

マクロビオティックキャンティーンなんてできたらいいのに。

あと、合成洗剤とか使いまくってるのが最初はショックでしたが、やはり慣れは恐ろしいもので私も今は使ってます。(日本では創生水というのを使ってたので、洗剤はおろか、シャンプーすら使っていませんでした。)
すっごい環境に悪いことを私も含め、みんなしてるのですが、そこらへん改善されたらチトラバティー川もキレイになるんでしょうね?
このままじゃ、
ババが肉体を去る時にごみだらけのチトラバティ川に入らなくては。
インド人だし、あまり気にしないのかな?
【2009/10/19 00:32】 URL | furunosawako #-[ 編集]
とても丁寧なコメントをいただき恐縮しています・・・。

そうなんですね。確かに、発酵食品はNGだというお話も伺ったことがあります。そうするとイーストを使うパン(ナン)も、日本で使う発酵調味料も…とキリがなくなってしまいますね(あとヨーグルトまでも)。

乳製品(特にチーズ類はアメリカの帰依者に食べすぎだから減らしなさい!!とババが注意なさったとか)は摂り過ぎないようにとも…。

本当はじゃがいもなどの塊茎類も、たくさん食べると中枢神経系に良くないらしいのですが(5歳くらいまでは大丈夫だそうです)、ウエスタンキャンティーンでは、普通にメニューに出されていますし(玉ねぎも)。

欧米人が厳格にベジを貫くとカリカリになって体力が落ちてしまったりするので、「あなたは卵を食べていいです。」と個人的にババが語ったりされるとか…戒律みたいにガチゴチになってしまうとまた、違う方向に行ってしまいますものね…。

また長々と失礼しました…
どうぞお元気にお過ごしください♪







【2009/10/20 00:35】 URL | ヒカリ #4mNhfZHc[ 編集]
ヒカリさんへ

すみません、ひま、ということで。。

バンコクは地図でみてみると、ちょろちょろベジのレストランもありました。
でもおいしいのかなあ?

ベジで安くておいしくて雰囲気のいいところが近くにあればいいなあと思います。

安くはなかったですが、京都の万福寺だったか?の精進料理のコースは目にも舌にもとてもおいしかったです。
もう何年も(10年位も?)前の話ですが。

実際、ただ、ごはんと野菜いためで十分なんですけどね。。。
【2009/10/20 02:11】 URL | furunosawako #-[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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