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じんべい
こないだ入った寺の入場券に、別の宮殿の入場券がついてたので、昼過ぎに出かけました。

ゲストハウスの前で客待ちをしてる
トゥクトゥク(タイのオートリキシャ)が声をかけてきたので、高いだろうなと思いながら
行き先を告げて値段を聞くと、100バーツといったので、さいなら、と去ろうとしたら、じゃあいくら払うといわれたので40と言ったら向こうは50というので、また、さいなら、と去ろうとしたら、じゃあ40でいいというので乗ろうかと思ったら、その代わり店に一件行こうね、というので、さいなら、と、去りました。

大通りで別のトゥクトゥクかタクシーを拾おうと思ったら、後ろからさっきのトゥクトゥクがついてきてて、40で良いし店も行かないから
、というので乗りました。

どこから来たの?と聞かれたので日本、というと、え?と、なんどか聞き直されました。
たぶん、韓国人か何か別の国の人と思ったんだろうと思います。
韓国人の観光客もすごく多いですし。

愛想よくいろいろしゃべってきたので、警戒しつつ適当にしゃべりました。

でも宮殿は今日は臨時におやすみでした。

そしたらドライバーはドライバーの責任じゃないのに、ごめんねぇ、と謝ってきました。

[動物園に行くからいいですよ]と、道を渡ってすぐのすぐ近くの動物園を指さすと、ドライバーは入り口の門まで送ってあげるから乗れ乗れと言いました。

そして、その近くの裏門ではなくてぐるっとまわった動物園の正面の門まで送ってくれました。

ここはいっぱい客が拾えるからね、とか言っていました。

私たちが道を渡っていくまで見送ってくれていました。

動物園は今回タイに来てすぐに一度行ったので、動物はひと通り見たのですが、緑も多いし遊具もあるしで、主名を遊ばせようと思って入りました。
大人100バーツ、子供50バーツと、そんなに安くもないですが。

でも汗だくになってよく遊んでました。
今日は多分ぐっすりだと思います。

今日もカンガルーの袋は確認できませんでした。

帰り、カオサンロードまで動物園の前に止まってたトゥクトゥクにのろうとしたらまた100バーツといわれたので、いい人っぽかったのですが交渉するのもだるくなって、横にいたメータータクシーに乗りました。

カオサンまで51バーツでした。

主名はいよいよタイのご飯がダメで、心理的なものじゃあ???と思ったりするのですが、(今朝も単なる塩味の野菜雑炊が食べられませんでした)頼んで食べずに残すのももったいないので、最初から日本料理屋に行こうと思って、そっちに向かいました。
(ピザやスパゲッティや洋風のコーンやカボチャのスープは大丈夫)

そしたらその途中の路上の店で、菜食の半分屋台みたいな店がありました。
野菜のおかずを一品ぶっかけで30バーツと経済的だし、こりゃいいわと思い、主名を誘ってそこで夕食にすることにしました。(カオサンの一本横の道)

主名には白いご飯に、カボチャと豆腐の煮物みたいなのを添えたのを注文しました。

私は、白いご飯と、グルテンボールと長い豆を甘辛く煮込んだやつと、名前は知らないけど長くて緑の野菜のおかずと、キャベツがざく切りでたっぷり入ってるスープを注文しました。
と、中国茶と。

テーブルについて食べて、[おいしいやーん]と喜んでたら、主名はひとくち目でげーっと出してました。
味見して食べてみても、何で食べられないのかよくわかりません。
かぼちゃと豆腐のみじん切りみたいなやつなのに?
しょうゆみたいな味なのに?

結局おかずは私が食べて、主名は白いご飯だけ食べました。

キャベツのスープもおいしかったのに、主名は一口でやっぱりダメでした。

なんでかなあ?

主名がタイのご飯の味付けが食べられないとは予想しませんでした。
タイの料理て、ちょっと酢が混じってるような時もあるので、それがだめなのでしょうか???

わたしはここで、野菜不足の解消という感じでよかったです。
ライス2つにおかず3品、スープ一品で105バーツでした。
お茶は一人2バーツだったそうなのですが、サービスしてくれました。
今度から毎回ここにしようかと思ったのに。。。

しょうがないので、そのあとにまた日本料理屋に行き直して食べさせました。

主名はかけうどんを、[ダシ、魚抜きにして]とか言って、わたしに[無理]と言われて口をとんがらかしてましたが、来たかけうどん(薄味のスープの中に入ってきました)を食べたあとはどんぶりを抱えてスープを最後まで飲み干していました。

あと、なんだっけ、モチにきな粉をまぶしたやつを食べて、うキャッ、と喜んでいました。

わたしはかき氷を食べました。
かけうどん、きなこもち、かき氷とお茶で300バーツちょっとだったか。

主名がタイのご飯を食べられないなんでほんと予想外でした。

昨日の夕方の散歩の休憩でマクドナルドに入ったのですが、ベジタリアン向けのメニューがなかったので、ああ、インドと違うなと、マクドナルドで異国情緒を味わいました。

もともと、ポテトだけ食べるつもりではいったので、計画通りポテトとホットティーと、それと計画から外れてチョコレートサンデーを食べました。
チョコレートサンデーは20年前に日本のマクドナルドで食べてた味と同じでした。なので、すごいなと思いました。

耳の聞こえないタイ人のカップルが客として入ってきて、店の人も顔なじみらしく、にこやかに無言でジェスチャーで激しく意思疎通していました。

こんな静かな接客のマクドナルドも初めてでした。

それと、マクドナルドにも国王と奥さんの写真が飾ってありました。
日本でいうと、マクドナルドに天皇皇后両陛下の写真が飾ってあるということですよね。ありえないなあ、と思いました。

帰りに日本語のいい本を置いてる古本屋ないかなあとあちこちのぞきながら帰ったのですが、白人の青年が[ちょっといい???]と話しかけてきて、無視してもくいさがったので[なんかだますきか?]と警戒しながら話を聞いたら、主名の着ているじんべいを指さすので、タイで買ったと思って、どこで買えるのか聞く気か?と思って、[これは日本で買った]というと、[これ、なんていうの?]と聞くので,"[じんべい] J、I、の[じ]で[じんべい]。"と答えると、[ありがとう。それ、すっごくかっこいいね!!]と言って、さわやかに去っていきました。

タイにきてすぐの数日は、鏡を見ると自分の顔が異様に老け込んでたのでぞっとしたのですが、ここ数日はもとにもどってよかったです。

主名もはしゃいでましたが最初の数日は目の下にクマが黒ぐろと現れていました。
今は旅行はつかれる。と言っていますが元気そうです。
ゲストハウスの人らに遊んでもらってゲラゲラ爆笑しています。

昨日は本人の希望で前髪をワカメちゃん短的に短くくしました。
甚平も着てるし、ひと昔前の日本人の子供みたいです。
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【2009/10/24 01:01】 | Thailand | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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