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ウィマンメーク宮殿
今日は、朝、主名に少し英語の勉強をさせたあと、雨上りに昨日は閉まっていたウィマンメーク宮殿に行きました。
(でも、着いたらまたどしゃ降りでした)
昨日はどうやら、この宮殿で暮らしていたラーマ5せいの命日で、祝日だったようです。

残念ながら1日2回のショーの時間には間に合わなかったのですが、英語の案内係に連れられて、外国人みんなで内部をぞろぞろと見て回りました。

いろんな調度品やコレクションなども飾ってありました。
日本の昭和天皇と皇后さま?の写真も飾ってありました。
象の足を切って作った傘建てなんかもありました。

爆弾でへこんだ床なんかもそのままありました。

しかしそもそもこの手のものにあまり興味がないので、せっかくの宮殿も、単に高級な散歩道でした。

日本人旅行者夫婦にタイ人の日本語通訳の人が日本語で通訳をしていたので、ちゃっかり聞き耳を立てさせてもらいました。

タイの皇太子のなかには、留学先で知り合ったロシア人の女性と結婚して、王位継承権を失った人もいるそうで、それを聞いて思ったのは、ロシア人やはり。。。という根拠なき(かどうかは不明)偏見。すみません。

タイの王族の女性の人たちがドーティーみたいなのをはいてる写真がありました。
あれは正装なんでしょうか?

昨日の動物園の巨大なナイロンのボールに入ってプールに浮かんで遊ぶ、というやつが、すごく面白かったみたいで、主名もが今日も行くといったので、わたしは最初は渋っていましたが、そのうち渋るのがしんどくなって、どうでもよくなって、また行きました。
(宮殿の隣の敷地)

この週末はなんかイベントをやってるみたいで、ステージで男女が踊っていました。

今日でこの動物園は3回目ですが、象のショーをやってて、もう終わりの方だったのでショーの入場料も取られず少し見ました。

それと、爬虫類のコーナーは今まで見てなくて、今日初めて見ました。
さすがあったかい国なのでか、充実していました。

主名の目当てのボールに入って遊ぶやつにも間に合いました。

ぐるっとひと回りして出口でショーをやってた象3頭が出てきてて、踊っていた女の子たちとたわむれていました。上に乗った象使いが女の子たちに向かって象を走らせる真似をしたら、女の子たちはぎゃーーー!!!と散り散りに逃げていきました。

この象は芸達者なので、座ってみたり踊ってみたり、立ち上がってみたり寝転んでみたりと、よくいうことを聞いていました。

ばいばーい、と象とそのうえの象使いたちが帰っていきました。
一頭のゾウはほかの2頭から遅れたので、走って帰ったら、下に丸めてあったビニールシートに足を取られてちょっと危なかったです。
しかし、象は走ると早いですね。

主名は[象が転んだら死ぬ?]とまた激しく質問しまくりでうるさかったです。

時々、この質問攻めへの回答要員が複数名切に欲しいです。

今晩は、今まで行ってなかった日本料理の店に行きました。
あるのは知ってたのですが、ビルの中で窓もなさそうだし何かなあと思っていきませんでした。

入ってみるとやはり普段いってるところよりは大分庶民派な感じでした。
日本人宿に併設されているようなところです。

まあしかし、主名はバター塩ラーメン65バーツ、私はみそラーメン65バーツ、ともに肉魚卵抜きをまし頼みました。限りなく水のようなお茶はサービスみたいでした。

で、野菜もたっぷり入ってて、なかなかよかったです。
それになんといっても安いし。
主名はいたく気に入ったようでした。
どんぶりいっぱい食べて、スープも全部飲んでいました。

今まで行ってたところ(竹てい)は寿司と刺し身が看板の日本料理屋で、今日の(さくら食堂、だったけ。)はラーメンが看板みたいでした。
日本人宿のところの料理屋だし、日本の本が読めるかと思いましたが、
まんがばっかりで、文字の本はほとんどありませんでした。
旅行者の情報ノートがあったので、それを一通り斜め読みしました。

日本の宿に関する情報もあって、やっぱり、アジアの安い宿の感覚に慣れてる人も多いので、日本でもそういうドミ形式の安い宿も増えてるんだなあと思いました。

ちなみにうちらが今泊まっているところ(OーBANGKOK)は、寺の裏手の比較的静かなエリアで、ツインが一泊530バーツです。http://www.neobackpackers.com/khaosan/o_bangkok_guest_house.html
大きな窓があって眺めがよく、部屋も清潔で比較的広く、トイレットペーパーやミネラルウォーター、せっけんなどもついててインターネットも無料でこの値段だと、まあ、いいんじゃないでしょうか。

ホントは100バーツプラスで朝食付なのですが、卵料理中心なので、朝食はつけないで泊まっています。
湯沸かし器はあるのですがお湯はエアコンなしだと出ないことになってるのか、それとも私らが使い方が分からないだけなのか、今までお湯を使ってないですが、蒸し暑いので、水シャワーがむしろさっぱりしてよかったりするので、めんどくさがってそこのところどうなのか、いまだに尋ねていません。

隣のホテルは夜中までうるさい時が多いのですが、私たちは騒音はあまり気にならないみたいなので、2日目からは慣れました。

今、ここで20日にデリーから送ったというインドからの手紙を待ってるのですが、まだ来ません。ということは、DHLとかで出していない限り、明日も来ないでしょう。

タイも10日目になり、流石に待ち疲れしてきました。
日本に送ってもらって、日本で待てばよかったかなあとも思いますが、インドを出た時はとにかく急だったので考える暇がありませんでした。

本来なら来年の1月にインドでその手紙を受け取ってからタイに行く予定だったのですが、今回は日がなかったので順番が逆になり、タイで待っています。

カオサン
http://www.neobackpackers.com/khaosan/
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【2009/10/24 23:56】 | Thailand | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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